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ママがいない

普段、子供が夜8時に寝て、12時ごろと翌朝3時ごろに夜泣きして、ママのおっぱいを飲んで眠ことになっています。今回の帰省で、ママが1週間ほど子供と離れることになりまして、子供がおっぱいを飲めないことになります。それをチャンスに、子供に完全に離乳させることにしたいと思います。しかし、ママのいない子供の夜泣きを、いかに抑えさせられるのは苦労の極めだと思いました。しかも、大変なことに義理のお母さん病気で入院することになりました。これで僕と子供の2人きりになります。

1日めに子供がいつも通り12時に夜泣き始めました。どうすれば良いのかわからないまま、とりあえずこどもを抱っこして、家中をあの来始めました。歩き出してまもなく、子供が目覚めて泣きながら”ナイ、ナイ”と言い始めました。これがママを探しているサインです。”ママいないよ”と言いながら、各部屋に行き見せました。すると、すべての部屋を見終わった瞬間、子どもはなき声が止み、静かに頭を僕の肩に倒して寝てしまいました。 3時になると、いつも通り泣き始めました。12時のことをもう一遍やっても、泣かなくなりましたが、寝てくれませんでした。お腹すいたかなと思って、ミルクを与えたところ、満足して寝てくれました。意外とすんなり1日めを乗り越えられました。

2日目も1日目と全く同じ事を繰り返しました。

子供でも我慢力ありながら贅沢を求めています。その贅沢ができないよと理解させれば、物事がスムーズに進められることがわかりました。0歳の子供でも思考力があると教えてくれました。

漢方の力

今日は、とある漢方の先生の所へ再診察を受けてきました。舌診(ぜっしん)で、舌苔(ぜったい)の状態はだいぶ改善できました。脈も。引き続き前回の処方に新たな漢方薬を追加して処方していただきました。大変良かったです。

約十数年前から、喉の調子がおかしく、結構痰が絡むようになりました。若いから、気にせずに放置して、数年前に痰の絡む場所は喉からどんどん下がって、今はもう肺のところでしつこく絡んでいます。力を絞って咳払いしても、なかなか出せません。死ぬほど辛い。患っている方ならお判りでしょう。子供出生するまえに、3ヶ月間ほど呼吸器科を通いましたが、喘息といわれて、それなりの治療(症状を抑えるだけ)を受けてきました。症状が一旦落ち着き、子供も生まれたこともあり、通うことをやめました。しかし、二ヵ月前に、症状が再現、且つ悪化していました。もう徹底的に治療をしないといけないと思い、違う病院で治療を再開しました。レントゲン、採血二回、MR、痰検査などをやりましたが、結局どんな病気かも結論のないまま(気管支の末端あたりに影があるだけ分かった)、薬を処方していただき、治療してみることにしました。

今回子供連れての帰省で、おばあちゃんの知り合いから、近所に大変評判のいい漢方医がいると聞きました。あんまりの人気で、朝5時半に起き、順番取りに並ばなければいけません。一日30名しか診てくれないそうです。それで一週間前に初めて診ていただきました。その日に、病気が治って泣いていた患者さんもいました。処方された漢方薬を持ち帰り、薬罐で煎じて一日二回飲みました。飲み終わったところ、今日の再診となりました。

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漢方薬を飲み始めた日から、日本で処方された薬を飲むのをやめました。ほとんど症状が出ず、痰があっても、普通に出せるようになっています。一応いい方向に歩き出したと思います。素人で、脈診もわからないので、先生に舌苔(ぜったい)の状態は改善したと言われているから、あとから比較できるように、今の舌苔の様子を撮影しておきます。

今日、診察室で見たこと、聞いたこと:

①病気が治った患者さんが山盛りの葡萄を差し入れしてきました。

②体外受精で失敗した女性がいて、先生に”土地を整えてから、種を撒け”と説教されていました。

③先生が曰く、”西医让人死得明白,中医让人活得糊涂”。要は、西洋医学は病んでいるところを中心に治療するため、治らず患者がなくなった場合、なんでなくなったかよくわかる;一方、中国の医学は、体全体で診るから、症状が出ているところを診ないこともあるため、治ってもなんで治ったかよくわからない。という意味です。

もうすぐ一歳になります。

日々”普段やってみたこと”をいろいろ挑戦しながら、子育てに没頭しているうちに、子供がすくすく成長してきました。中国には、”不见孩子长,只见衣服小”という言い方があります。日々子供を接しているうちに、肉眼で分からない子供の成長は、ある日いつもの服が小さくなってきたとき、子供の成長がわかってきます。
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ちょい長い夏休みを利用し、中国にいるおばあちゃんのところに子供を連れてきました。日本にいる間、夫婦二人で子供の世話を見るしかできず、大変な日々ですが、中国にいると、親せきから大変暖かい支援の手を差し伸べてもらい、毎日楽チン。日本の出生率が低いのは、これは一つの原因かなと思います。

一歳の誕生日を目前にして、我が子ははいはいができ、つかまり立ちもできました。ああいいと独り言もしゃべっています。これからはもっと大変になるといわれています。もうあの赤ちゃんの時が懐かしくなってきました。時間ができたら、一年間弱の体験を語ってみます。